金融サービスの現状は、極めて堅調です。しかし、将来には不穏な空気が漂い始めています。AI やその他の要因が、収益源やオペレーティングモデル、そして何よりも重要な顧客との関係に破壊的な変化を起こそうとしているからです。
金融機関は力強い業績を達成し、バリュエーションも急上昇しています。しかし、AI や好ましい規制環境がもたらし得る変革を、投資家はまだ十分に織り込んでいないと、当社は考えています。景気循環の激しさで知られるこの業界において、投資家は現在の好景気が持続するかどうかに懐疑的か、あるいは、今後数年間に AI やその他の要因が及ぼし得る脅威を警戒しているのかもしれません。
投資家の信頼を勝ち取るためには、金融業界がこれらの力を制御し、企業価値の主要な原動力である「収益力」、「営業利益率」、「資本効率」を強化できることを証明する必要があります。当社は、金融機関がこれを成し遂げるために活用できる独自の資産は「信頼」であると確信しています。しかし、AI やその他の破壊的変化に対するアプローチが現状のままでは、その高みへ到達することはできないでしょう。
銀行は復活を遂げた一方、その効果は一時的
まずは、明るいニュースからお伝えしましょう。当社が日々の業務を通じて接する金融機関の大部分 ― 銀行、ウェルスマネジメントおよびアセットマネジメント、保険会社、取引所、データプロバイダー、フィンテック企業など ― は好調な業績を維持しており、株主に対して健全なリターンをもたらしています。バリュエーション倍率は金融危機後の最高水準に近づき、ビジネスのファンダメンタルズも強固です。さらに、政策当局も金融規制に対してより柔軟なアプローチを採用し始めています。パンデミックに至るまでの間に業界が直面していた数々の課題を考えれば、これは驚くべきことであり、かつ重要な進展と言えます。
この傾向が最も顕著に表れているのが銀行セクターであり、業績は堅調で、バリュエーションの指標も改善しています。当社のグローバル銀行インデックス (中国および特殊な銀行モデルを除く) に含まれる 78 行の株価有形純資産倍率 (P/TBV) は、2019 年の 1.3 倍から現在は 1.8 倍に急上昇しています。また、有形普通株主資本利益率 (ROTCE) も 11.9% から 14.2% に上昇しました。2019 年末以降、大半の銀行は好調に推移しており、株価有形純資産倍率 (P/TBV) が 1 倍を下回る銀行や、ROTCE が 10% 未満の銀行の割合は、ほぼゼロに近い水準まで低下しました。
投資家は銀行の業績に一定の評価を下している
金融機関の株主価値を左右する要因として、「収益力」、「営業利益率」、「資本の効率的な活用」の 3 つがあることは広く知られています。業界はこの 5 年間で、これら 3 つすべてにおいて着実な進展を遂げており、それに伴いバリュエーションも上昇してきました。
しかし、投資家はこの成功が長く続かないのではないかという懸念を抱いており、それが、バリュエーションのさらなる上昇や、過去のレンジからの脱却を阻んでいるのです。金融サービスは景気循環の激しさで知られる業界であり、バリュエーションがレンジの上限に近づくと、投資家は慎重になります。
そして、懸念材料は枚挙に暇がありません。地政学的情勢は不安定であり、銀行が心血を注いで構築してきた (そして、再構築には一層大きな労力が必要になる) グローバルなビジネスモデルを脅かすおそれがあります。金利、取引量、資産価格は歴史的な勢いで上昇してきましたが、それは同時に、業界がショックや景気後退に対して脆弱になっている可能性があります。また、次々と登場する新たなテクノロジーは、金融サービス業界で長年にわたり確立されてきた価値ドライバーを破壊するおそれもあります。さらに、AI 開発競争は経済と金融市場に不均衡をもたらしました。市場はますます AI セクターの動向に左右されるようになっており、市場の調整や深刻な危機によって容易に不安定化するリスクを孕んでいます。
AI が業界を再形成する中、岐路に立つ金融サービス
しかし、さらに根本的な変化が起きている可能性もあります。近年の堅調な業績にもかかわらず、AI がビジネスの経済性を塗り替える真のポテンシャルや、世界中の政策当局や規制当局が柔軟な姿勢を示していることを、投資家はいまだ十分に織り込んでいないと考えられます。AI がビジネスの効率を劇的に改善し、規制当局が事業運営に求められる資本要件を引き下げる方向に動くのであれば、今後数年間で収益性は飛躍的に向上するはずです。もっとも、現時点で投資家は (まだ) その見方に賭けていないようです。問題はその理由です。
AI が金融サービスの経済性を塗り替えるポテンシャルは、計り知れないほど巨大です。これはほとんどの業界に当てはまることですが、金融機関は特に、複雑で労働集約的、かつデータに依存したプロセスを基盤としており、それらは AI によって根本的に再構築されうるものです。顧客対応コストや規制遵守コストがわずかに減少しただけでも、金融機関の営業利益率やリターンは劇的に変化する可能性を秘めています。
しかし、金融サービス業界における AI の出現は、諸刃の剣でもあります。金融サービスに伴う複雑さと機密性の高さは、歴史的に参入障壁としての役割を果たしてきました。個人も機関投資家も、自らの資産が保護されることを極めて重視しており、金融機関には (規制というセーフティネットのなかで) これを適切に遂行してきた実績があるからです。こうした障壁は、AI プラットフォームが支配する金融システムにおいては、消滅するおそれがあります。
こうした混乱は、AI に限ったことではありません。ステーブルコインは、銀行の伝統的な資金調達モデルを脅かし、決済における本来の優位性を損なう可能性があります。また、規制によって、すでに相当規模の貸付や取引活動が銀行以外へと移転しています。さらに、地政学的リスクによって世界の金融システムが分断され、世界で最も急成長している、あるいは最も魅力的な収益源へのアクセスが制限されるおそれもあります。
当社は、こうした不確実性を 5 つの論点を通じて探求していきます。これらを総称して、今年の「金融サービスにおける既知の未知 (Known Unknowns for Financial Services) 」と定義しました。
AI 時代に、「信頼」がどのように金融機関の優位性となるか
この岐路に立つ銀行には、「信頼」という極めて大きな、自然な優位性があると考えています。顧客ニーズの特定や理解、資産やデータの保護、そして意図通りの確実な取引実行 (あるいは責任あるミスの修正) において、金融機関が築き上げてきた信頼は他に類を見ないレベルにあります。これは強力な資産であり、アイデンティティや意図、さらには真実さえも不透明になる AI プラットフォーム支配下の世界において、その価値はさらに高まっていくはずです。
しかし、AI 時代へと移行する過程において、金融機関はこの「信頼」という資産を十分に活用しきれているとは言えません。
金融機関の AI 戦略が不完全なままである理由
これまでの金融機関の AI への対応は、既存のオペレーティングモデルの効率化に AI を活用すること、および成長著しい AI エコシステム企業 (ハイパースケーラーからチップメーカー、データセンターまで) に顧客としてサービス提供することに重点が置かれてきました。しかし、この戦略の両方の要素に、それぞれ課題が存在しています。
第一に、既存モデルの効率化において金融機関ができることには限界があります。過去 20 年間の「デジタルトランスフォーメーション」の波によって実現した利益率の改善実績は、(規制要件を含むさまざまな理由から) 良くてまちまちと言わざるを得ません。金融サービス業界は、この 20 年間、かつてないほどの手数料引き下げ圧力にさらされており、新テクノロジーや金融イノベーションによって得られた効率化の利益のほとんどを顧客に還元してきました。これは証券取引、ウェルスマネジメントおよびアセットマネジメント、カストディサービスおよびファンドサービスという 3 つの分野を例に取っても明らかです。金融サービス業界全体のコストベースは、自動化やその他の効率化施策への多額の投資にもかかわらず、金融危機以降、収益と連動してしぶとく上昇し続けています。
第二に、AI 経済の将来的な道筋は不透明であり、AI への投資は非常に混み合った取引 (クラウディッド・トレード〈群衆行動現象;投資資金が集中し混雑度が高まり、ポジションが偏っている状態を指す〉) となりつつあります。これは投資家や貸し手にとって重大なリスクを伴うものです。ドットコムバブルの崩壊に匹敵する調整が起これば、30 兆ドルを超える投資家資産が失われる可能性があり、株式と債務のハイブリッド型危機となれば、そのダメージはさらに甚大なものとなるでしょう。また、こうした変化は、金融セクター全体のますます重要な収益源となっている「急成長する AI ビジネス・エコシステムへのサービス提供」に対しても、多大な圧力をかけることになります。
そして、これら二つの戦略のいずれも、銀行がこれまでのバリュエーションの範囲を突破する機会を生み出すものではありません。金融機関にとって真の企業価値向上の機会は、数十年にわたり築き上げてきた顧客からの信頼を基盤とした、ビジネスモデルの変革にあります。金融機関の命運を左右する重大な変革は、ミドルオフィスやバックオフィスではなく、顧客との接点において起こるのです。
金融サービス向け AI 対応ビジネスモデルの構築
AI 時代の勝者は、消費者、企業、投資家の行動様式の劇的な変化と、それらのニーズに効果的に応えるために「信頼」が果たす極めて重要な役割を反映させる形で、自らのビジネスモデルを再構築することになるでしょう。
そのためには何が必要なのでしょうか。それは、AI (およびステーブルコインなどの他の要因) が顧客の行動様式をどのように変容させるのか、そして将来の AI 対応エコシステムにおいて各金融機関がどのような役割を果たすのかについて、率直で思慮深い考察を行うことです。
その結果、場合によっては「進化」が促進され、場合によっては「革命」が起こるでしょう。いずれにせよ、将来のビジネスモデルに対する明確なビジョンを持つことは、戦略的な転換を導き、急速に拡大する競合他社に後れを取らず、価格決定権と営業利益率を維持するために不可欠です。また、オペレーティングモデルの変革に向けた投資を、過去 (壊れたプロセスの自動化など) ではなく、未来へと振り向けるためにも欠かせません。
成否を分けるものは何でしょうか。勝者となる条件は、将来のビジネスモデル構築に向けた「目的」を持った投資、サイクルが転換し営業利益率が圧迫される中でも「勇気」を持った投資、そして、顧客からの信頼を損なうことなく AI のポテンシャルを解き放つために、堅牢なデータ、インフラ、およびガバナンスを構築する「忍耐」のある投資を行うことだと、私たちは考えています。チャンスの窓が開いている時間は短く、このわずかな期間が、今後長年にわたる業界の勝者と敗者を決定づけることになるのです。
本記事は、AI 時代における金融サービスの未来を形づくる論点を浮き彫りにした、当社のレポート「既知の未知 (Known Unknowns) 」の一部です。