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本レポートは、世界経済フォーラムが、マーシュ・マクレナンとの連携で発行したもので、作成にあたりオリバー・ワイマンの専門家も参画しています。

エグゼクティブサマリー

2022年の幕開けとともに、新型コロナウイルスの感染拡大とその経済的・社会的影響は、引き続き世界に重大な脅威を与えている。ワクチン接種の不平等と、その結果生じる不均衡な経済回復は、社会の分断と地政学的緊張をさらに悪化させる危険性がある。本稿執筆時点で世界の人口の20%を占める最貧国52カ国のワクチン接種率は人口のわずか6%に過ぎない。2024年までに、中国を除く開発途上国のGDP成長率は、パンデミック(世界的大流行)前の予想成長率を5.5%下回る一方、先進国のそれは0.9%上回ると予想されている。

その結果、世界の乖離は、国内および国境を越えた緊張を生み出す。そして、パンデミックの連鎖的な影響を悪化させ、気候変動対策の強化、デジタル・セーフティの向上、生活と社会の一体性の回復、宇宙での競争の管理といった共通の課題に取り組むために必要な調整を複雑にする危険性がある。

グローバルリスク報告書2022年版は、最新のグローバルリスク意識調査(GRPS)の結果を示し、次に現在の経済、社会、環境、テクノロジーの緊張から生じる主要なリスクを分析している。また本報告書は、新型コロナウイルス感染拡大がもたらした過去2年間の教訓から、レジリエンス(強靭性)を向上するための考察で締めくくられている。調査および分析の主な結果は、以下のように掲載されている。

世界的なリスク意識が社会ならびに環境リスクを浮き彫りにする

GRPSの回答者に過去2年間を振り返ってもらったところ、パンデミックが始まって以降、最も悪化したのは「社会的結束の侵食」「生活破綻の危機」「メンタルヘルスの悪化」といった社会リスクであると認識されている。世界の見通しについて、前向きで楽観的だと感じている人は16%に過ぎず、世界経済の回復が加速すると考えている人は11%に過ぎない。ほとんどの回答者は、今後3年間は絶え間ないリスクの変動と幾つもの新たなリスクの出現、あるいは相対的に勝者と敗者を分けるような分裂した軌道を形成していくと予想している。

今後5年間について、回答者は再び社会および環境リスクを最も懸念すべきものとして挙げている一方、今後10年間という長期的展望では、地球の健全性に関するリスクが上位を占めている。環境リスクは、世界にとって最も重要な5つの長期的脅威であると同時に、人々と地球に最も損害を与える可能性があると認識されており、「気候変動への対策の失敗」、「異常気象」、「生物多様性の喪失」が最も厳しいリスクのトップ3に挙げられている。また、今後 10 年間の最も深刻なグローバルリスクとして、「債務危機」「地経学的対立」が挙げられている。

また、GRPSの回答者によれば、「デジタル格差」や「サイバーセキュリティの失敗」などの技術的なリスクも短期・中期的には世界にとって重要な脅威であるが、これらは長期的には順位が下がり、最も深刻となり得るリスクには含まれていない。これは、リスク意識における盲点である可能性を示す。

2021年に行われたGRPSでは、国際的なリスク軽減の取り組みについて回答を求めた。この中で、「人工知能」、「宇宙開発」、「国境を越えたサイバー攻撃と誤報」、「移民・難民」は、多くの回答者がリスク軽減の取り組みの現状が課題に達していない、つまり取り組みが「始まっていない」もしくは「初期段階」であると考えている分野だと言える。一方、「貿易円滑化」、「国際犯罪」、「大量破壊兵器」については、リスク軽減の取り組みが「確立されている」または「有効である」との回答が多数を占めた。

経済回復のスピードの違いが、グローバルな課題への取組協調を脅かす

パンデミックに起因する経済的な課題はまだ残っている。見通しは依然として弱く、本稿執筆時点で世界経済は2024年までに、パンデミックが発生しなかった場合に比べて2.3%縮小すると予測されている。一次産品価格の上昇、インフレ、債務が新たなリスクとして浮上している。さらに、2021年末には新型コロナウイルスの感染者が再び急増し、パンデミックは引き続き、各国の持続的な回復のための推進力を阻害している。

パンデミックによる経済的な打撃は、労働市場の不均衡や保護主義、そしてデジタル、教育、技能などの格差拡大により、世界を異なる軌道に分裂させる危険性を孕んでいる。一部の国では、ワクチンの急速な普及、デジタル変革の成功、新たな成長機会により、短期的にはパンデミック前のトレンドに戻り、長期的にはより強靭性のある見通しが得られるかもしれない。しかし、他の多くの国々は、ワクチン接種率の低さ、医療制度や体制への深刻なストレスの継続、デジタル格差、雇用市場の停滞によって足踏み状態に陥るだろう。こうした相違は、気候変動の深刻な課題の克服、移民の流出入の管理、そして高度化してきているサイバーリスクと戦うために必要な国際協力や協調を複雑化させるだろう。

国内で抱えている幾多の喫緊の課題は、政府が長期的な優先事項に焦点を当てることを困難にし、グローバルの共通課題に割り当てられる政治的資本を制限することになる。G20のアルゼンチン、フランス、ドイツ、メキシコ、南アフリカを含む31カ国では、「社会的結束の侵食」が短期的な脅威の上位に挙げられている。すでに社会が直面している格差は、今後さらに拡大し、パンデミック以前に比べて5,100万人以上が極貧状態に置かれると予測され、社会の格差や憤りを増大させる危険性がある。国内で抱えている課題は、国益優先の度合いを強め、海外からの援助や協力を犠牲にして世界経済の分断を悪化させる危険性がある。

無秩序な気候変動への対応は不平等をさらに募らせる

GRPSの回答者は、「気候変動への対策の失敗」を世界における長期的な脅威の第1位とし、今後10年間で最も深刻な影響を及ぼす可能性のあるリスクと位置づけた。気候変動は、干ばつ、火災、洪水、資源不足、種の絶滅などの影響として、すでに急速に顕在化している。2020年には、マドリードで過去最高気温42.7℃、ダラスで72年ぶりの最低気温マイナス19℃など、世界の複数の都市で数年・数十年ぶりの異常気温が発生し、北極圏などでは夏の平均気温が例年より10℃高くなった。政府、企業、社会は、最悪の事態を回避するためのプレッシャーに晒されている。しかし、国やセクターによる対応のスピードや温度差が協調の障壁となっている。無秩序な気候変動への対応は、国や社会をさらに分裂させかねない。

テクノロジー、経済、社会の変化のスピードや複雑さと、現在のコミットメントの不十分さを考え合わせると、2050年までにネットゼロを達成するための移行は無秩序になる可能性が高いと考えられる。新型コロナウイルス感染拡大に伴うロックダウンにより、温室効果ガス(GHG)排出量は世界的に減少したが、すぐに上昇基調に戻った。炭素集約的産業への依存を続ける国は、レジリエンス(強靭性)の低下、技術革新への追従の失敗、貿易協定における影響力の制限を通じて、競争上の優位性を失うリスクに直面するだろう。しかし、現在何百万人もの労働者を雇用する炭素集約型産業からの急激なシフトは、経済の変動、失業の深刻化、社会的・地政学的緊張の増大を引き起こしかねない。また、性急な環境政策の採用は、自然界に予期せぬ結果をもたらす可能性もある。未検証のバイオテクノロジーや地球工学技術の導入には、まだ多くの未知のリスクが存在する。また、規制が不十分なグリーン市場(環境配慮対応を組み込んだ経済システム)は独占を生みかねず、土地利用の転換や新しい価格設定に対する公的支援の欠如は、政治的な複雑さを生み、行動をさらに遅らせる可能性がある。社会的な影響を考慮しない移行は、国内および国家間の不平等をさらに悪化させ、地経学的な摩擦を高めるだろう。

デジタル依存の高まりがサイバー脅威を高める

新型コロナウイルス感染拡大によって加速したデジタルシステムへの依存は、社会を根本的に変えた。この1年半の間に、産業は急速にデジタル化し、労働者は可能な限りリモートワークにシフトし、この変化を促進するプラットフォームやデバイスが急増している。同時に、サイバーセキュリティの脅威は増大の一途を辿り、2020年にはマルウェアとランサムウェアによるサイバー攻撃がそれぞれ358%と435%増加し、効果的な予防や対応を行う社会的なの能力を超えている。企業や組織のサイバー空間に脅威を与える者とって入りやすい障壁、より過激な攻撃手法、サイバーセキュリティの専門家の不足、パッチワークのガバナンス機構などが、リスクを深刻化させている。

大規模かつ戦略的なシステムへの攻撃は、社会全体に物理的な影響を連鎖させる可能性があり、予防には必然的に高いコストがかかる。また、偽情報、詐欺、デジタルセキュリティの欠如といった無形のリスクも、デジタルシステムに対する社会の信頼に影響を及ぼすだろう。同時に、政府がリスクをコントロールするために一方的な道を歩み続ければ、より大きなサイバー脅威が国家を分裂させる危険性もある。攻撃がより深刻化し、広範囲に影響を及ぼすようになると、サイバーセキュリティが国家間の協力というよりむしろ分裂のくさびとなって、サイバー犯罪の影響を受ける政府とそれに加担する政府間の既に高まっている緊張が更に増していくだろう。

移動の障壁がグローバルな安全保障をさらに悪化させる危険性

経済的困難、気候変動の影響の激化、そして政情不安に伴い増大する不安は、すでに何百万人もの人々がより良い未来を求めた海外への移住を余儀なくされている。GRPSの回答者にとって、「非自発的な移住」は長期的な懸念事項のトップであり、そのうちの60%は「移住と難民」について、国際的な緩和努力が「始まっていない」または「初期段階」にある分野と見ている。2020年には、世界全体で3,400万人以上の海外避難民が発生し、歴史的な高水準となった。しかし、多くの国では、パンデミックの影響、経済保護主義の高まり、新たな労働市場の力学は、結果的に、機会や避難所を求めるかもしれない移民にとっての高い障壁となっている。

こうした移民への障壁の高まりや、一部の途上国にとって重要な生命線である送金への波及効果は、生活の立て直し、政治的安定の維持、所得・労働格差の是正を阻む危険性を孕んでいる。本稿執筆時点で、米国では1,100万人以上の未就労者、欧州連合では40万人のトラック運転手の不足が指摘されています。最も極端なケースでは、弱者がより危うい選択を採るしかない場合、人道的危機を悪化させかねない。2021年には、家族や子供を含む4,500人の移民がその移動の途中で死亡または行方不明となった。移民が地政学的手段としてますます利用されるようになれば、移民の圧力は国際的な緊張を悪化させる可能性がある。移住先国の政府は、外交関係や国民の間の移民に対する懐疑心を把握し、管理しなければならないだろう。

宇宙における事業機会は、摩擦によって制約される可能性がある

人類は数十年にわたり宇宙を探査してきたが、近年、その活動は急増しており、新たな機会を生み出すと同時に、特に軍事化の促進に伴い、新たなリスクの領域の出現を示唆している。商業衛星市場への新規参入者は、衛星サービス、特にインターネット関連の通信を提供する上で、世界の共有地である宇宙空間における先陣企業の従来の既得権益を破壊しつつある。宇宙で活動する主体数や範囲が増えることで、宇宙探査とその利用が責任を持って管理されなければ、摩擦が生じる可能性がある。宇宙を規制するためのグローバル・ガバナンスが限定的で時代遅れであることに加え、国家レベルの政策が多様化しているため、リスクはますます高まっている。

宇宙活動が発展し増加すれば、衝突のリスクが高まり、スペースデブリ(宇宙ゴミ)が拡散し、地上の重要なシステムが既存の軌道に影響を及ぼす、貴重な宇宙機器が損傷を受ける、または国際的緊張を引き起こすといった可能性がある。ガバナンスの手段が限られているため、宇宙活動が地政学的緊張を高める可能性があり、最近の宇宙での兵器実験がそのリスクを浮き彫りにしている。また、宇宙活動の活性化は、未知の環境負荷を高め、気象観測や気候変動の監視といった公共財のコストを上昇させかねない。

パンデミック2年目の振り返りがレジリエンスに関する知見をもたらす

2021年、各国は今回のパンデミックのような特性が変化する公衆衛生の危機に対応するために新しいメカニズムを展開し、成功と失敗の両方をもたらした。パンデミックの効果的な管理には、相互に関連する2つの要因が重要だと言える。一つは、状況の変化に応じて対応戦略を調整・修正する政府における準備、もう一つは、原則的な決定と効果的なコミュニケーションを通じて社会の信頼を維持する政府の能力が挙げられる。

政府、企業、コミュニティにおける核となる目標を振り返ることは、あらゆる重大なリスクに対処するための社会全体のアプローチを円滑にする上で、課題が共有されているという確信を持たせてくれる。政府にとっては、コストのバランスをとり、レジリエンスを高めるための規制を行い、より鋭い危機管理を行う上でデータ共有の取り決めを調整することが、公権力を効率的かつ効果的に行使する鍵になる。企業は、国家レベルの備えを向上させることが戦略の立案、投資、および実行に不可欠であることを認識し、サプライチェーンのボトルネック解消、業界の行動規範、従業員の福利厚生にレジリエンスの側面を取り入れるなどの分野で機会を見出すことができる。地域社会は、自治体が国の取り組みとの連携を奨励し、コミュニケーションの改善、 草の根のレジリエンス活動を支援することができる。組織レベルにおいて、分析を成果に結び付けて、システムの脆弱性を認識し、多様なアプローチを採用する戦略は、リーダーたちが更に優れたレジリエンスを構築する上で有効である。